ライブ・レヴュー
フィオナ・アップル/2000.5.8(MON)中野サンプラザ
こばやち
2000/05/09
初来日の初日である。
当然ほとんどの人は彼女のLIVEを見ていない。
始まる前から期待で一杯の客席。
これからどんなパフォーマンスが繰り広げられるのか?
注目の中、あっさりとバックミュージシャンと一緒に登場し、
ちょこん、とピアノの前に座る。
遠目に見ても22歳のカワイイ小娘。
しかし彼女が唄いはじめた途端にそんなイメージはぶっとんでしまう。
これは「唄」ではない。「叫び」である。
1パフォーマーとしてもかなりの唄のうまさなんだけど、
そんなことはどーでもいい。
観客の前にすべてをさらけ出して叫ぶその声が感動を呼ぶのである。
LIVEは当然観たことがないのだけれどジャニスを思い浮かべてしまった。
ジャパン・ツアーの前のNYでのLIVEでPAが壊れて機能しなくなり、
途中でキレてしまい、自分をコントロールできなくなってしまう。
インタビューで「あんたらはみんなデタラメだ!」と吐き捨てる。
言わなくてもいいスキャンダラスな幼い頃の体験を喋ってしまう。
ナイーブで壊れやすい、だからこそ激しい感情の起伏。
それをステージ上でなんのためらいもなく表現してしまう純粋さ。
しかし、だからこそ危うくて緊張感をはらんだステージ。
しかし確実に、言葉は解らないけれど何かが伝わってきた。
まるで観られることなんか計算に入れてない。
ダンスにしたって単にラリってるだけにしか見えないへなちょこなダンス。
正に素のまんま。感じたままのパフォーマンス。
最近ミュージシャンの計算されたカッコよさなんかバカに見えるぜ。
しかしMCになると途端に22歳の女の子になってしまい、
テレまくって、ぴょんぴょん跳ねたりしてまるっきり子供なんだよなぁ。
女の子の客から「カワイイ〜!」とたくさんの声がかかってました。
このギャップがすごかった。
才能の一言でかたづけてしまうことも可能なのだけど、
彼女の「声」、これに魅力があるのだと思う。
うまさではなくて「声」そのものがもっている力。
その「声」が彼女の口から出た瞬間にすべて彼女の世界に包まれてしまう。
ジョン・レノンやニール・ヤングなどのあの「声」と同質のものである。
今後どんな風に変わっていくのか?
あの純粋な世界がどんな展開になるのか?
とても楽しみであるし、不安でもある。
とくに女性アーティストはキャリアを追うごとに変わっていくからなぁ。
この日のLIVEはそんな若き才能のドキュメントの1章節を体験できた貴重な夜でした。
また来たら絶対行くぞ。